ヴォルフガング・ウルリッヒ氏の連続講演「西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告」のリーフレット

このページでは、1ページ目のウルリッヒ氏の講義内容からインスピレーションを得た、私自身の考えを述べます。

ウルリッヒ氏の指摘するアートの動向は世間一般の状況を指しているのではないか

講義を聞いた当初は、従来のアートの枠組みをことごとく無視するようなアーティストの台頭を、アート・ワールドの世界の出来事と考え、それゆえとても驚きました。

しかし改めて「芸術は、もはやファッションとさえ区別できなくなっている」などの話を振り返ってみると、この動向は例えば大野左紀子氏が『アーティスト症候群』『アート・ヒステリー』などで指摘している日本の状況と同じくアート・ワールドの外の世界、つまり世間一般で生じている事柄のように思えて来ました。

なぜなら大野氏の著書で描写されている、日本の「オシャレ」「カッコイイ」などのビジュアル面の魅力が感じられればそれはアート、またそれを作った人はアーティストというように、何でもアート、誰でもアーティストになり得るような感覚と、ウルリッヒ氏が観察した理論的な背景を完全に無視しビジュアル的なインパクトのみを重視する傾向とが合致するためです。

これまでアートの定義は主にアート・ワールドの住人が行って来た

もっともこうした世間一般のアートの風潮も、私たちアート・ワールドの住人から見れば、それはアートのことをよく分かっていない人々が勝手に盛り上がっているとしか思えず、それゆえまともに評価などして来なかったのではないでしょうか。

しかしそれでも特に支障がなかったのは、これまでアートの定義(制作物や行為がアートとみなされる要件の決定)を主にアート・ワールドの住人が行い、かつその定義が事実上業界水準の地位を有し、さらには高額作品の購入者の間でも重要視されて来たためではないかと考えられます。

アート・ワールドにおける評価を反映していないオークションの落札価格に遭遇

このため今後も世間一般の動向を無視し続ければ良いのかもしれませんが、そうとばかりは言っていられないような状況を少し前にテレビで見ました。
それは日本のあるオークション現場のドキュメンタリー番組でした。

このオークションは電話やオンラインでも入札に参加可能なため、海外のコレクターも多数参加しており、またオークションにかけられる作品の中には名和晃平氏の作品もありました。
名和氏といえば今年ルーブル美術館で新作を発表するなど世界的に知られたアーティストですので、相当高値で取引されているのだろうと思っていましたが、落札価格は予想外に低いものでした。

しかしもっと驚いたのは、私の知らない若い女性アーティストの絵画作品が、名和氏の作品の4倍の400万円もの金額で落札されたことでした。
その作品は彩度の高い色の絵の具が散りばめられたような作品で、どこか日本の「カワイイ」文化の雰囲気が感じられるものでした。

確かにこうした作品は日本でも人気がありますが、アート・ワールドにおける知名度や評価では名和氏の方が相当上のはずです。
しかしそのことが価格に反映されていないということは、アート・ワールドにおける権威者の評価などまるで気にせず、自分が気に入った作品であれば高額な料金を支払っても構わないと考える人々が増えて来ているからではないかと推測されます。
そしてこうした現象には、中国をはじめとした新興国における富裕層、それも若くして巨万の富を築いた人々の急増が関係しているのかもしれません。

またこの傾向には、マスメディアやネット上のアート情報の大半が世間一般の感覚に基づくものであり、新たにアート作品を購入する人々に届く情報もこれらのものであることも関係しているものと考えられます。
なぜならアート・ワールドに流通する美学その他の言説は、一般の人々には難解過ぎるため、ほとんど目に触れる機会さえないと考えられるためです。

アート・ワールドにおける評価を気にせず、自分の好みの作品に高額を投じる人が増えているのでは

私の理解では、アート作品に高額な資金を投じる人々の典型は、アートが相当好きか、教養人としてのステータス意識、あるいは投資目的などと考えられますが、そうした人の多くは専門家のアドバイスを参考にしつつ購入作品を決定しているようです。

しかしウルリッヒ氏の講義や前述の日本のオークションの現状を考慮すると、アート・ワールドにおける評価をまったく気にせず、自分の好みの作品に高額を投じる人々が増えているのではないかと考えられます。

以上のようにアート・ワールドにおける権威者によるアートの定義を無視した人々が、制作サイドのみならず購買者側にもどんどん増えていけば、そうしたアートの定義に基づいた作品の評価基準の影響力もどんどん低下して行くことが予想されます。

次のページでは当初予定していた「政治的な正しさを求める傾向がアートシーンにも大きな影響力を持ち始めている」ことについて、ウルリッヒ氏の講義メモの形で記述する予定です。

参考文献

大野左紀子著『アート・ヒステリー —なんでもかんでもアートな国・ニッポン』、河出書房新社、2012年
大野左紀子著『アーティスト症候群—アートと職人、クリエイターと芸能人』、河出書房新社、2011年

西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告 公式ページ

次のページではレクチャー3の講義メモの後半として、政治的な正しさを求める風潮がアート・ワールドにも浸透しつつあることなどを紹介致します。

ヴォルフガング・ウルリッヒ氏の連続講演「西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告」のリーフレット
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