ヴォルフガング・ウルリッヒ氏の連続講演「西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告」のリーフレット

西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告。先月開催されたヴォルフガング・ウルリッヒ氏の連続講演で、講演内容は次の通りです。

特別講演|西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告
レクチャー1|流行か、政治的アクティヴィズムか —— 現代アーティストの葛藤
レクチャー2|コレクター、キュレーター、フォロワー —— 現代アーティストはどれだけ自由(ではない)か
レクチャー3|すべての境界が解体した後に —— これからのアート
国際シンポジウム|危機の時代におけるアートの自立性について

残念ながら個展の準備に追われ最後の2つしか聴講できませんでしたが、それでもとても参考になりました。
(ただレクチャー2を聞き逃したのが少々心残りです…)

レクチャー3講義メモ

1ページ目ではレクチャー3の私の講義メモを概ねそのまま掲載します。

注)ただし、その場で思いついた私自身の考えも含まれています。またウルリッヒ氏の報告は欧米のアートシーンに関するもので、日本の状況ではありません。

自律した芸術観の崩壊

自律した芸術という西洋の価値観はここ2,30年で崩壊し、今後1,2世代の間に消滅するかもしれない
芸術は、もはやファッションとさえ区別できなくなっている
その動きに対する典型的な反応→「Instagramなどを駆使して、それを積極的に活用」vs「アイデンティティあるいは自尊感情を保つために、必死に従来の価値観を維持」
この価値観の変化は、特に若いアーティストにとって打撃となっている

補足的解釈)一般的に高齢になるほど価値観の変化への対応が難しいと考えられていることを念頭におくと、この傾向は非常に興味深い。
恐らくこの傾向は、若いアーティストほど主体性が乏しく(物事を自分で考え価値判断する能力が未熟)、それゆえ価値観の変化に翻弄されることを防ぐために、理想視する特定の思想にしがみつかざるを得ない状況の表れではないかと考えられる。

また最後の件は日本も同様と考えられる。若いアーティストほど(西洋)美術史を参照しつつ作品を制作することを、作品がアート性を有していると認められる主要な要件と考え、かつその考えをグローバル・スタンダードと認識しているように思えるためである。

刹那的なアーティストの台頭

美術史をまったく参照しないアーティストの登場
(Instagramを駆使するアーティストがその典型)
加えて作品と全作品から得られる作家のイメージとのつながりについても気にかけない、つまりセルフ・ブランディング(自分がどのようなアーティストであるのかの表明)にまったく関心を示さないアーティストの登場
つまりその時々の関心に任せて刹那的に作品を作り、その結果「作家としての一貫性がない」とのイメージを与えかねないことに関しても無頓着なアーティストが増えている

こうした刹那的なアーティストの台頭を可能としているのが、作品やアーティストの価値を、売り上げや人気のみで判断するオーディエンスの増加

補足)こうした傾向に眉をひそめるアート業界の方も多いかもしれないが、ウルリッヒ氏は価値判断を脇に置きつつ、その様子を淡々と観察しているようだ。
このウルリッヒ氏の仕事の成果を参考にするのも無視するのも私たちの自由だが、その態度は前節の2つの典型的な反応に対応するものとなるだろう。

またこのようなアート・ワールドの常識からすれば、あまりにラディカルな思想を有するアーティストが業界の枠内から登場するとは考えづらいが、この点はウルリッヒ氏の話し振りから察するに、普段アートとはほとんど関わりのない外の世界の人々による動向のようで、それゆえ多分に自閉的な業界内にいるとそのトレンドに気づかないか、もしくは認知されても「そんなものはアートではない」と過小評価されてしまっているのではないかと考えられる。

※講演のサブタイトルは「現代アート世界の観察報告」となっているが、ウルリッヒ氏はアート業界内のトレンドのみをウォッチしているのでなく、社会全体に目を向けているようであり、この点が既存の研究者との大きな違いである。

次のページでは、今回紹介した内容から得られた洞察として、あくまで私見ですが崩壊しつつあるのは芸術の自律性のみならず、その芸術を定義してきた主体そのものも様変わりする可能性があることを記述します。

西洋的芸術概念とその解体 ——— 現代アート世界の観察報告 公式ページ

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