写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2018年11月30日〜12月2日 天王洲キャナルイースト「PHOTO CAMP」

理想的自然の模倣(ミーメーシス)を通じて中世までの古代ギリシヤ・ローマ美術礼賛の理由が腑に落ちる

青山昌文著『舞台芸術への招待 (放送大学教材)』

中世ヨーロッパの人々の、古代ギリシヤ・ローマ美術礼賛の態度

ムサビや京都造形で西洋美術史を学び始めてから知ったことの1つに、中世ヨーロッパの時代までの、過去に絶対的な価値を置き、古代ギリシヤやローマ時代の美術を礼賛する態度があります。

確かに現代人の私にも、当時の大理石の造形物などはとても美しく感じられます。
しかし美の規範と言えるほど、その価値が長らく絶対視されて来たことに対しては、理想化し過ぎではないかとも思いました。

ところが最近、中世ヨーロッパの人々が古代ギリシヤ・ローマ美術を過度に理想化する理由として、とても腑に落ちる文章を目にしました。

模倣(ミーメーシス)の対象は自然そのものではなく、理想的自然を描いた古代の大芸術家の作品だった

・芸術は、アリストテレスが言っているように、自然の模倣(ミーメーシス)である。これが、理性によって指示される古典主義の諸規則のうちの第一の規則であり。古典主義詩学の第一の命令・掟である。
・しかしながら、自然は、実際には、不完全なモデルしか提供してくれない。古代の大芸術家こそが、自然から、不完全なものを取り除いてくれて、第二の自然、理想的自然を、既に提供してくれているのである。
それゆえ、古代人の模倣(ミーメーシス)(古代の大芸術家の作品のミーメーシス)をしなくてはいけないのである。

こちらは以前に紹介した青山昌文著『舞台芸術への招待』の第14章「世界の古典演劇」の一文で、ルネ・ブレイの著書『フランスにおける古典主義理論の形成』を元に、古典主義理論の特徴をまとめたものです。

古代の大芸術家の作品が示した理想的自然へのミーメーシスが、古代ギリシヤ・ローマ美術礼賛の態度を生み出した

これまで模倣(ミーメーシス)の概念には、無数の本などを通して触れて来ましたが、私の理解不足もあり、それらの文献から得られる自然の模倣(ミーメーシス)のイメージは模写のようなものでしかありませんでした。

しかし前述の引用文からは、アリストテレスの真意はともかく、後世の人々が模倣(ミーメーシス)しようとしたのは、自然そのものではなく古代の大芸術家の作品が示した理想的自然の方であったため、その態度がそのまま古代ギリシヤ・ローマ美術を礼賛する態度へと結びついたと考えられます。

こうして私の中で、西洋美術史の中で重要な位置を占める、アリストテレスに端を発する模倣(ミーメーシス)の概念と、古代ギリシヤ・ローマ美術礼賛の伝統とが1つに結びつきました。

補足)自然の模倣(ミーメーシス)に関しては、私が模写と感じたような捉え方(忠実な模倣)も存在しますが、少なくても古代ギリシヤ・ローマ美術を美の規範として礼賛する態度を生み出したのは、ルネ・ブレイも取り入れている理想的自然の模倣のように思えます。

引用文献

青山昌文著『舞台芸術への招待 (放送大学教材)』、放送大学教育振興会、2011年




写真家 田尻健二
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