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展示作品の感想、最後は本展示の企画者でありギャラリースタッフでもいらっしゃる橋本佐枝子さんです。

怒りのエネルギーから生まれた作品

ART TRACE GALLERY「闘争か逃走 Fight / Flight」橋本佐枝子さんの作品その1

中央の大きな作品、ご覧になった何人かの方が辛くなってしまったそうですが、それほど不気味にも恐ろしい感じにも見えないため不思議に思いました。
しかしこの作品が怒りの感情から生まれたものであると知ったことで、私なりの理解が進みました。

怒りから生まれたと聞いた途端、2m以上あるこの作品が怒りのエネルギーにより盛り上げられて作られたもののように思えました。
またそのため、全面に付けられたぬいぐるみや乳幼児用の品々が、怒りのエネルギーにより無理に釣り上げられているようにも見えてきました。

乳幼児用の品々は、それ自体が辛い体験を思い出させる可能性がある

もっとも私のような連想が働かなくても、この作品を見て辛くなる人はいらっしゃると思います。
なぜなら乳幼児用の品々それ自体が子育てや幼少期の経験を思い起こさせるものであるため、子育てに非常に苦労されたり、あるいは幼少期に深い傷つきを味わったような人にとって、そのようなアイテムはできれば見たくない代物であるかもしれないからです。

不在や家族の無関心を連想させる作品

その意味で右側のハンガーで吊るされた写真作品も、同様の作用をもたらす可能性があります。

ART TRACE GALLERY「闘争か逃走 Fight / Flight」橋本佐枝子さんの作品その2

これは家族写真から、ご自身が写っている部分だけを切り抜いたものですが、私はこの作品を見て自分だけがその場に居ない、あるいは居ても馴染めなくて、しかも他の家族は笑顔であることから、自分の不在に気づいていない、つまり無関心であるように思えました。
ですから私自身は、先ほどの作品よりも、こちらの作品の方が見ていて切なくなりました。

「辛い=具合や気分が悪くなる」とは限らない

では橋本さんはなぜこのような作品を制作し、それを展示しようと思ったのでしょうか?

実は橋本さんは分野はかなり異なりますが、私と同じ心理職の仕事をされてます。
ですから恐らく私が考察したようなことを事前に想定されていたはずです。
しかしそうだとすると、それでも敢えて展示に踏み切ったということになります。
それはなぜでしょう?

先ほど中央の作品を見て辛くなった人がいたという話をしました。
ですが実は「辛い=具合や気分が悪くなる」とは限りません。
大多数のある程度健全な人は辛い感情を感じても、それに圧倒されることはなく、やがては治ってしまいます。
写真作品を見た私自身も、その場は切なくなりましたが、その感情が尾をひくことはありませんでした。
またその場はかなり辛くなったとしても、多くの人はその後の心地良い体験とも相まって、時間の経過と共にやがて回復されていきます。
実際、当番日誌において気分が悪くなった人がいた旨の報告は受けておりません。

補足)例外はトラウマレベルの外傷体験を有する人で、典型的にはPTSDの診断を受けているような人です。
こうした人はトラウマ体験を想起しただけでその後しばらくフラッシュバックに襲われることがあります。

耐えられる程度の辛い体験の想起はむしろ人生を豊かにする

また多くの辛さに耐えられるある程度健全な方にとって、実は辛い体験を思い出すことは自己理解他人の気持ちへの共感力が育まれるなどのメリットが期待できます。

橋本さんは闘争を選びとってきた人では?

以上のように辛い感情が有する作用について簡単に整理したところで、今回の展示のコンセプト「闘争 vs 逃避」に話を移します。

このコンセプトに沿って各参加作家は作品を制作・展示したわけですが、作品から受ける私の印象では、橋本さんはこれまでの人生で逃避よりも闘争の方を選択し、あるいは逃避を選んでしまった場合でも後々後悔することが多かったのではないかと思えます。
なぜなら、いずれの作品も一般的にはネガティヴに捉えられている感情に積極的に向き合っているように思えるからです。

橋本さんの作品は入り口を入って右手奥の小展示室という、あまり目立たない場所に展示されています。
ですから是非そちらのスペースにも足を踏み入れ、作品から闘争を感じ取っていただけたらと思います。
恐らく多くの方にとっては、たとえ切ない感情が湧き上がってきたとしても、それはやがて懐かしさや愛おしさに変わっていくでしょうから。

展示は5月20日(日)までです。
ART TRACE GALLERY「闘争か逃走 Fight / Flight」展示案内

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