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展示作家の作品の感想、1人目は今回のメンバーが所属する霜焼組の組長でもいらっしゃる霜焼きトマトさんです。

ART TRACE GALLERY「闘争か逃走 Fight / Flight」霜焼きトマトさんの作品

アーティストトークの前に作品から感じていたこと

アーティストトークを聞く前にこの作品「停滞警報機」を見たとき、「優しく押してください」は実際の警報機の「強く押してください」に対応したものだとしても、「停滞警報機」とはどのような意味なのだろうと思っていました。

またこの実際の警報機の10倍以上はありそうな巨大さは何を意味しているのかについても気になりました。

アーティストトークでの疑問に関する説明

これらの疑問について、アーティストトークの説明によれば、まず停滞とはメンタルの不調に陥り前に進めなくなっている状態を表し、また「優しく押してください」とはそのような状態になってしまっている人の背中を優しく押してあげてくださいとのメッセージが込められているようです。

また大きさについては、普段はみだりに押してはならないものであることから、それでも「もしこんな大きな警報機があったら押してみたい」との作家自身の好奇心から生まれた発想のようでした。

作家の意図とは異なる場面を想像

ところがこれらの説明を聞いているうちに、私の心の中で不思議なことが起きました。

作家の意図としては、辛い状況にある人に対して、周囲の人が優しく押してあげるための警報機のボタンのはずですが、私がなぜか辛い状況に陥っている人の立場になり、そのボタンを押している場面を想像していました。

エンプティ・チェアとは

この私の体験は、ゲシュタルト療法で用いられるエンプティ・チェアで生じることを思い起こさせます。

エンプティ・チェアとは空の椅子技法とも訳される心理療法のテクニックで、目の前の誰も座っていない椅子に対して、そこに誰かが座っている場面を想像し、その対象との対話などを試みるものです。
またその対象は他人のみならず、例えば自分の好きになれない部分というような自己の一部をセッティングすることもあります。

エンプティ・チェアにおける主客の逆転現象

ところがこのエンプティ・チェアを心理臨床で用いていると時々不思議なことが起き、その典型例が主客の逆転現象です。

例えば非常に辛い状況にあるにもかかわらず、周囲のサポートが望めない状況にある人に対して、自分自身でその辛さをケアできる力を育む意図から、目の前の椅子に辛そうなご自身を想像していただくと、時々その代わりに辛い自分を癒してくれそうな存在を思い浮かべる方がいらっしゃいます。

この場合、主体であるお客様がイメージする対象である客体の方に同一化し、その結果主体の役割をイメージが引き受ける形になっています。

これと同じような逆転現象が、昨晩のアーティストトークの場で、私の身にも生じていたのではないかと考えられます。

辛い自分を受け止めてくれる包容力の大きさの象徴としての巨大さ

そしてその癒しの役割が作家の意図とは逆転した状態の中で展開された想像の内容は、辛い自分をとても大きな警報機が温かく包み込んでくれるというものでした。
そこでは「少々強く押しても」ビクともしない頑丈さの象徴としてのこの巨大さです。
(ここではボタンの押し方も作家の意図とは異なっています)

このように言語ほどには意味を限定する能力を有しないイメージ(視覚情報)をメディアとして用いるアート作品では、しばしば私の例のような作家の意図しない反応が生じることが多々ありますが、その是非に関しては様々な考え方があるようです。

ただ私自身今回の体験は、自身の「コンセプトの具現化」というこだわりに関して修正を迫られるものとなりました。
ですがその内容は、それ自体で1つの記事になり得るほどのボリュームとなることが予想されるため、別の機会に独立した記事として投稿する予定です。

私見:海外でも評価されるのでは

最後に霜焼きトマトさんの今回の展示作品は、コンセプトやそれを表すビジュアルが分かりやすいため、あくまで私見ですが海外でも評価されやすいように思えました。
明確さは文化の壁を越えるための大きな武器と考えられるためです。

追伸)ちなみに警報機のボタンは押すことができます。
押すと何かが起きますので是非お試しください。

次のページでは三ツ井優香さんの作品の感想を書きます。

展示は5月20日(日)までで、木曜日は休廊です。
ART TRACE GALLERY「闘争か逃走 Fight / Flight」展示案内

参考文献

百武正嗣著『エンプティチェア・テクニック入門―空椅子の技法』、川島書店、2004年
川口幸也編『展示の政治学』、水声社、2009年

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