写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2018年8月9日〜10月末(予定) NEW JAPAN PHOTO at HOTEL THE KNOT Shinjuku、11月12日〜11月18日 トキアートスペース 個展「症状の肖像」

東京国立近代美術館「ゴードン・マッタ=クラーク展」感想

このページではマッタ=クラークが多くの建築物を切断し続けた意図について私なりに考察してみたいと思います。

建築物の切断から想定される4つの視点

私が特に気になったのは、マッタ=クラークが建築物の切断という行為を、どのような目的あるいは立場から行なっていたのかということです。
この点について私が思いつくのは次の4つのパターンです。

1. アーティストの視点
建築物を素材としたアート作品の制作

2. 建築家の視点
建築物の機能などの拡張

3. 社会活動家の視点
そのような行為によって社会をより良くする

4. 科学者的な視点
建築物の構造を大胆に変化させることにより、間接的にでも身体感覚の拡張を促す

推測されるマッタ=クラークの意図〜住環境の象徴としての建築物を素材としたアプロプリエイション

前述の4つの視点の中でマッタ=クラークはどの立場に近い視点から制作を行っていたのか、その手がかりが展示カタログに掲載された、企画者の一人の平野千枝子氏の文章に残されていました(該当ページ:242-244)。

平野氏の説明によれば、マッタ=クラークの故郷であるニューヨークが再開発により(住環境の観点からは)荒廃して行く様子が彼の心を強く惹きつけたようです。

〈ブロンクス・フロアーズ〉において壁や床を切り抜いたことを、彼は「建物をほどく(un-do)と言い換え、閉じ込められた状態を開いたと述べている。

(作品《スプリッティング》について)それはただのカンヴァスではない。そうではなく、私は建築の構造を現実として扱っている。[…この作品は]明確な既存のシステムを使って、方向を見失わせる方法なのだ。

またさらにこの2つの言説をも加味すると、マッタ=クラークの建築物を切断した作品の中には、再開発により荒廃した住環境の象徴としての建築物を素材としたアプロプリエイションとしての意図があるように思えます。

注)ここでのアプロプリエイションとは、他人の創作物を自分の作品に直接的に利用する「盗用」的な手法ではなく、シンディ・シャーマンが《Untitled Film Still》で試みたような、ある対象を模倣することで、その対象に内包される問題点を浮き彫りにする制度批判的な手法を指します。

ところがマッタ=クラークの手法は、アプロプリエイションを用いる他の作家のそれと比べてあまりにラディカルな印象を与えますし、また平野氏も指摘しているように批判精神のみならず、それ以前にオルタナティブ志向が強く、かつ既存の価値観からの自由さも感じられます。

このマッタ=クラークのユニークさを紐解く手がかりが、平野氏の別の文章に見出されました。
次のページではその文章から見出される、私にとっては意外なマッタ=クラークの側面について触れます。




写真家 田尻健二
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