写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2019年5月10日~6月4日 ART TRACE GALLERY「Diversity vol.2」

酒井孝彦 個展「人間の細胞内小胞体的表現による肖像写真」〜重層的なコンセプトの参考になる展示

昨日、仕事を終えた後にギャラリーDAZZLEで開催中の酒井孝彦 個展「人間の細胞内小胞体的表現による肖像写真」を拝見して来ました。
自宅の近所にある東京工芸大学の写真学科の准教授でもいらっしゃる方の個展です。
その前に整体へ行ったため、閉廊ギリギリとなり5分程度しか拝見できませんでしたが、私自身の作品制作にもとても参考となる展示でした。

人間の細胞内に存在する小胞体の姿を肖像写真として仮想的に表現

酒井孝彦 個展「人間の細胞内小胞体的表現による肖像写真」展示風景

こちらが個展の作品の一部で、ミトコンドリアやゴルジ体の姿を肖像写真として仮想的に表現ものとのことです(クリックで拡大表示)。
私は知りませんでしたが、近年ミトコンドリアやゴルジ体などの人間の細胞内に存在する小胞体の姿が一人一人異なっている可能性が指摘されており、その知見が作品制作のきっかけの1つとなったようでした。
またそれゆえの肖像写真という位置づけです。

擬似AI的に作られた空想上の姿

もっとも本展示作品は科学的な知見を援用してはいますが、例えばミトコンドリアやゴルジ体の実際の姿を提示している訳ではなく、あくまで空想上の姿を示したものであるため、最近話題のバイオアートとは根本的に異なります。

さらにこれまで多くのアーティストにより表現されて来た空想世界とも少々異なります。

ギャラリーの展示案内に掲載されてはいませんが、ステートメントの冒頭に女性のヌード写真をディープラーニングにより学習し作り上げられたAIの造形物が、なぜか極端にデフォルメされて人間の体とは似ても似つかないものになってしまったエピソードが綴られています。

その要因の1つは、ディープラーニングと言ってもAIは意味をまったく理解していないからではないかと考えられますが、このエピソードを元に改めて作品を拝見すると、その形状が人間ではなく機械により生成されたもののように思えて来ます。

ところが実際は、特定のルールに従い機械的に生み出された形状ではなく、その時々に生じる思考内容にもとぢき色々と変化を加えているそうです。
しかしそれでもまるで機械的に生成された形状のように見えるということは、人間が意図的に作り出す造形とAIなどが作り出す造形との間の、見た目の根本的な違いとはいったい何なんか?という疑問が湧いて来ます。

重層的なコンセプトの参考になる展示

このようにコンセプトが幾重にも折り重なっている酒井氏のような作品構造は、先日紹介した『現代アートとは何か』の言葉を借りれば「重層的あるいはレイヤー構造を有するコンセプト」と呼ばれ、優れた現代アート作品の共通項とされているそうです。

もっともそれならば、知的ゲームと形容されるほど思考偏重の傾向の強い現代アートのこと、コンセプトに色々な要素が織り込まれ重層的になっていることが優れた現代アート作品の要件なのかとの疑問が湧いて来ますが、恐らくそれほど単純なものではないでしょう。
なぜなら前述の酒井氏の作品から生じた、人間が意図的に作り出す造形とAIなどが作り出す造形との間の見た目の根本的な違いへの疑問は、時間の制約からざっと目を通しただけのため未確定情報ではありますが、ステートメントでは直接言及されていない事柄と記憶しており、こちらについても同じく『現代アートとは何か』によれば、優れた現代アート作品の要件として作品を見た鑑賞者が考えさせられることも提示されているためです。

以上の考察から、現時点で広く共有されている優れた現代アート作品の要件の1つは、幾重にも折り重なるコンセプトの1つ1つが鑑賞者(展示の形態によっては体験者)の連想を促すものであるため、それらから生じる複雑な相互作用により次々と思考や、場合によっては感情までもが刺激されるようなものと言え、酒井氏の作品はそのような作用を促すものと感じました。

また私自身、制作の途中でつまらない作品に思えて来て、お蔵入りになってしまった作品が多数ありますので、その状況から脱するヒントを得ることができたように思えます。

展示は本日2月17日(日)の17時までですが、お時間がございましたら是非会場のギャラリーDAZZLEまで足をお運びいただき、またご本人にお話を伺ってみてください。

酒井孝彦 個展「人間の細胞内小胞体的表現による肖像写真」ギャラリーDAZZLE 展示案内

参考文献

小崎哲哉著『現代アートとは何か』、河出書房新社、2018年




写真家 田尻健二
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