写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2018年11月30日〜12月2日 天王洲キャナルイースト「PHOTO CAMP」

東京国立近代美術館「ゴードン・マッタ=クラーク展」感想

「ゴードン・マッタ=クラーク展」の感想、最後のページは展示カタログに掲載された企画者の平野千枝子氏の文章から推測される、マッタ=クラークのアーティスト活動に込めた思いについてです。

アート活動を「意識の変容」を促す手段と捉えていた

東京国立近代美術館「ゴードン・マッタ=クラーク展」展示カタログ

マッタ=クラークも、記録や残骸を見せるのではなく、どうやって実際の環境としての状態を延長し、人々に近づけられるか」を展示の課題にしながら(中略)
「あなたは《スプリッティング》を見ることはできません。歩かなければならないのです」(中略)そこで思い描かれたのは、人々の身体的経験を変更し、孤立した空間を相互に浸透させることだっただろう。つまり、私たちの芸術経験が、身体の上で限定された、孤立した、あるいは所有に基づいたものでないかどうかが、問われていたのである。
彼が作り出す空間の変異( mutation)の過激さには、空間に対する繊細な思索が含まれていた。そしてこうした空間の変異は、そこをくぐり抜ける私たちの変容を促すためのものであった。(展示カタログ P.250-251)

最初の2節からは、マッタ=クラークが鑑賞よりも体験、それもその体験による意識の(根本的な)変化を求めていたことが窺え、その意図は3節目でよりハッキリとしてきます。
なぜなら3ページ目で記したように、マッタ=クラークがユングの錬金術思想に傾倒していたことを考慮すると、ここでの変容とは錬金術における変容を指している可能性があり、その変容とはユングが「個性化」と名付けた自己実現の達成を意味しているためです。

つまりマッタ=クラークは、自身の活動を体験型のアートという枠組みよりもさらに大きな、宗教体験を促すようなものと考えていた可能性があるように思えます。

東海岸と西海岸の両方の特徴を備えたアート活動

またこれは意図していたことなのか定かではありませんが、少なくてもマッタ=クラークの活動は次のような貢献を果たしたと考えられます。

松井みどり著『『アート:“芸術”が終わった後の“アート”』』にも書かれていますが、マッタ=クラークが活動していた頃のアメリカのアートシーンには、東海岸の知的(理性的)なアートに対して、西海岸のアートはより自由度の高さがあったという特徴が見られたようです。

またこれには単に気候の違いというだけでなく、当時の西海岸には理性重視の西洋思想とは大きく異なる禅やヨガをはじめとした東洋思想や、その東洋思想と現代物理学との間に類似性を見出したニューエージ思想が広まり、エサレン研究所やサンフランシスコ禅センターなどの重要な施設がほとんど西海岸に集中していたことも関係しているように思えます。

そしてこの両地域のアートの特徴からマッタ=クラークの活動を見ると、彼の活動は緻密なコンセプトを有するという点で東海岸的でありながらも、錬金術への傾倒に見られるように西海岸的なスピリチュアルな感性をも備えた、つまり両地域を橋渡しするような活動であったとも言えそうです。




写真家 田尻健二
SNSでフォローする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。