写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2018年8月9日〜10月末(予定) NEW JAPAN PHOTO at HOTEL THE KNOT Shinjuku、9月6日〜9日 BANGKOK ART BOOK FAIR 2018、9月21日〜23日 NY Art Book Fair 2018、11月12日〜11月18日 トキアートスペース 個展「症状の肖像」

私説:作品の鑑賞態度は個人単位でも一律ではなく、様々な要因の影響を受けて変化している

今回は一昨日の投稿「ART TRACE GALLERY「足下から空を蹴る」感想」を書いた後に気づいたことを投稿します。

少し前に自分の鑑賞態度が「作品コンセプト最重視」へと変化したことに気づく

以前に「私説:作品の制作スタンスは「関心」を通じて鑑賞の仕方にも反映される」で、私の制作上の関心の変化に合わせるかのように、他の人の作品を鑑賞する際にも、ステーメントに記載された作品コンセプトに真っ先に目を通し、肝心の作品はそれより遥かに短い時間しか見ないようになってしまっていたことを報告しました。

そしてこの記事を書いた時には、それが私に生じた根本的な変化、つまりどのような作品を鑑賞する際にも同様のことを行うように変化したと考えていました。

無自覚にいつもと違う鑑賞態度をとっていた

ところが一昨日の所属ギャラリーの当番の際に展示を拝見した時の鑑賞態度は、前述の「作品コンセプト最重視」とはまるで異なっていました。

具体的には、ステートメントにはまったく目を通さず、もっぱら作品のみを、それも1つ1つの作品をじっくりと見ることよりも、会場全体を漠然と見渡し、そこから感じられることを体感することに多くの時間を費やしていました。
だからこそ呪術的な儀式が執り行われる場のような雰囲気を感じたのだと思います。

しかも、これらのことには後で気づいたわけですから、その場ではまったく無自覚にいつもと違う鑑賞態度をとっていたことになります。

作品の鑑賞態度は個人単位でも一律ではなく様々な要因の影響を受けて変化する

以上の私の経験を総合しますと、作品の鑑賞態度については次のようなことが言えるのではないかと考えられます。

まず私に生じたことが特殊なものではないとすれば、人は常に同じスタンスで作品を鑑賞するわけではなく、様々な要因からその都度多少なりとも鑑賞態度を変化させていることが想定されます。
批評家の方が、仕事上の要請から意図的に鑑賞態度を厳格に定め、そのルールを常に遵守しているようなケースを除けばです。

作品の鑑賞態度に影響を及ぼす主な要因

続いて、それ以外の方に生じていると想定される「鑑賞態度の変化」をもたらす要因の分析に移ります。
これには次のようなものが考えられます。

・作品自体の性質
・展示空間の性質
・周囲や、その人を取り巻く環境
・その時の気分や体調など

後半の2つの要因について少し補足します。

「周囲や、その人を取り巻く環境」とは、周りに人がいるか否かといったことや、じっくりと作品を鑑賞する時間的・精神的な余裕の有無などのことです。
一昨日の当番の際には、開廊前から展示作家が終日作業をしており、また展示初日かつ夕方からレセプションが開催されることもあり、展示作家の知人が入れ替わり立ち替わり訪れていました。

ですからこの時の私には、一人でじっくりとステートメントに目を通したり個々の作品と対峙したりする時間的・精神的な余裕はあまりなかったように思えます。
このため、もしその余裕があれば、まったく違った鑑賞の仕方をしていたかもしれず、その結果まったく異なる感想を書いていたかもしれません。

また最後の「その時の気分や体調など」とは、それらがあまり芳しくない時には普段の集中力を発揮することが難しいため、無自覚に「漠然と眺める」ような、より楽な鑑賞の仕方を選択することなどを想定しています。

鑑賞態度の影響因子が多数存在するため、それを阻みコントロールしようとする強い欲求が生じる

以上のように少し考えてみただけでも複数の要因が思い浮かぶため、その影響を少しでも減らし鑑賞態度をできるだけコントロールしようと各作家は工夫を凝らし、またその個々人のニーズの集合的な現れとして鑑賞の作法のようなものが形成されるのではないかと考えられます。




写真家 田尻健二
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