写真家 田尻健二のウェブサイト(Ver.3)。撮影した写真・展示情報・写真をはじめとしたアート情報などを掲載。今後の展示予定:2019年5月10日~6月4日 ART TRACE GALLERY「Diversity vol.2」

読本の歴史的変遷と社会的背景

芸術教養シリーズ10 近世から開花期の芸能と文学 日本の芸術史 文学上演篇II

大学のレポート課題で、江戸時代の読本について考察しました。
なおこのレポートをまとめながら感じた疑問点を、他のレポートを書き終えた後に記事にする予定です。

レポート本文

読本は上方と呼ばれる京都や大阪を中心に普及した前期読本と、その後江戸を中心に普及した後期読本とに大別される。

前期読本の歴史的変遷と社会的背景

前期読本の発祥は「読本の祖」と呼ばれる都賀庭鐘が寛延二年(1749)に『英草子』を出版したことが始まりとされる。当時の日本では『水滸伝』などの白話小説と呼ばれる中国の講釈の台本から生まれた口語体の小説が流行していたが、中国語学者でもあった庭鐘はその白話小説を下敷きに『太平記』などの日本の古典の世界に翻案する手法を用いることで新しい小説の様式を作り上げた。
この『英草子』の様式は、マンネリ化しつつあった浮世草子に対して非常に斬新との印象を与えたため瞬く間に注目を浴び、以後『英草子』の手法に習い中国の白話小説を日本の古典の世界に翻案した小説が次々と生み出されていった。

上田秋成の『雨月物語』

こうした流れの中で生み出された傑作として上田秋成の『雨月物語』がある。『雨月物語』には『源氏物語』から始まる日本の古典の様々な系譜からの影響が色濃く見られるが、こうした試みは日本の古典に精通した者でなければ不可能であり、したがってそのような教養を身につけた上方の知識人だからこそ生み出せた作品とも言える。
加えて現代アートの「アート史の参照」にも似た手法が、しかも幾重にも用いられたこの『雨月物語』の魅力を深く理解できるのもまた、作者と同じく日本の古典に精通した上方の知識人だったのではないかと考えられる。

後期読本の歴史的変遷と社会的背景

一方の江戸読本とも呼ばれる後期読本は、幕府が置かれた江戸の経済的発展などに伴い文化の中心が上方から江戸へと移行する中で生まれた。後期読本は例えば山東京伝の『忠臣水滸伝』に見られるように中国の白話小説の翻案という点は前期読本と同様であるが、それ以外の部分ではむしろ異なる点が多い。

曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』

この相違点は後期読本の代表的な作品である曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』に端的に表れている。『南総里見八犬伝』は中国の白話小説の翻案や日本の古典の参照という点では前期読本と変わるところはない。しかし『南総里見八犬伝』は、人生の喜怒哀楽をすべて詰め込んだような波乱万丈の物語が展開される娯楽性の強いものであり、この娯楽性の高さが中国の白話小説や日本の古典についての知識を持たない人々でも楽しむことを可能とし、結果さらなる読者層の広がりを生んだのではないかと考えられる。

またこの娯楽性に関しては当時の社会情勢も大きく関係していたと考えられる。この時期の江戸には出版という商いの形が定着し、それゆえ発行部数をできるだけ増やしたいとのニーズが制作サイドに存在し、この点が秋成は例外としても、生活費を自分で稼ぐ必要のない身分が多い上方の知識人から生み出された前期読本との大きな違いではないかと考えられる。

以上、読本の歴史的変遷とその社会的背景について概観した。

参考・引用文献

矢内賢二 編集『芸術教養シリーズ10 近世から開花期の芸能と文学 日本の芸術史 文学上演篇II』、幻冬舎、2014年
小崎哲哉著『現代アートとは何か』、河出書房新社、2018年




写真家 田尻健二
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