川口幸也編『展示の政治学』

川口幸也編『展示の政治学』〜俯瞰的な視点から展示の力関係(権力構造)を考察し、かつ展示者やアートプロジェクトの暴力性をも取り上げた良書

前のページでは『展示の政治学』についてポジティブな感想に終始していましたが、その後読み進めるうちに気になる点が出てきましたので、そのことについて補足しておきます。

個人のブログ等を露出欲求の表れとする見解への疑問

まず該当部分を引用します。

事実、われもわれもとホームページやブログを開設しては、ひたすら自分のことだけを書きつづるありさまは、もはや立派に、見せずにはいられない露出狂、exhibitionismに冒されているとは言えないだろうか。

今はSNSの普及によって、ここで指摘されていることがますます日常化していますので、その当たり前の行為を露出狂とまで言われると抵抗を感じるかもしれません。
私も同じで、この印象は心理療法家として考えた場合でも変わりありません。

インターネット上の投稿の大部分は、肯定的なリアクションに基づく承認要求の充足を求めたもの

外的なことであれ心の内面であれ、大多数の人にとって、自分に関わることを公にする主要な動機は、執筆者の指摘する「他人に見せること」そのものよりも、それに対する肯定的なリアクションの方であると考えられます。
このことは投稿しても何の反応もないと、ガッカリして続ける気力がなくなってくることからも明らかです。

なお、こうした肯定的なリアクションを期待する欲求は、一般的には承認要求として知られています。
この用語は元々は人間の健康的な心理について研究したマズローが欲求階層説の中で用いたものと思われますが、今ではビジネスの場(マーケティングや人材マネジメントの分野など)でも頻繁に使われるほど広く普及しています。

またこの欲求は、執筆者の指摘するような病理ではなく、むしろ社会的な存在である人間にとって(心理的な側面における)根源的な欲求とさえ考えられています。
ですからこの欲求は、生活に著しく支障をきたすほど過剰になってしまった時に初めて病理と見なされるようなものです。
(その典型が自己愛性パーソナリティ障害です)

社会的な事象の考察では個人の心理が軽視されたり厳しすぎる評価になりがちになる

最後に、これだけ広く普及した承認要求のことを執筆者が知らないはずがないと考えられることから、それを病理と見なしたのには、恐らく執筆者の信念の強さが影響したのではないかと推測されます。

私の印象では、執筆者は権力構造をはじめとした社会的な事象やその影響に強い関心を寄せているように思えます。
これらの分析は、個人の心理や行動だけに焦点を当てていたのではなかなか分からない事柄を明らかにするという点では非常に有益です。
しかしそのような手法は、ともすると個人的な事柄を一切無視することにもなりかねません。
(このような弊害は、臨床心理の場でもまったく同じように存在しています)

また私自身も後から気づくことがありますが、必要以上に厳しい評価をしてしまうこともしばしばあります。
真剣さが、いつしか糾弾のようになってしまうのです。

今回紹介した『展示の政治学』は複数の人が分担執筆していますので、そのスタンスは一様ではないかもしれませんが、それでも読み進めていて疑問を感じる部分が出てきた時には、今回取り上げたようなバイアスが働いている可能性を念頭に置いていただくと役立つかもしれないと考え加筆することに致しました。

参考文献

A.H. マズロー著『人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』、産能大出版部、1987年

川口幸也編『展示の政治学』
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