『ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味』

私説:日本で作品は売れなくても写真集は良く売れるのは、絵柄を買っているからでは

特に写真作品が売れない個別的要因

なおオリジナル作品がなかなか売れない状況は、特に写真において顕著であるように思えますので、そこには何か個別的な要因がありそうです。
その理由として思い当たるのが次のようなことです。

・プリントの平面性
・無限に複製できる
・日本における「組写真」重視の傾向
・写真は誰でも撮れるのでアートと認められていない

プリントの平面的な特性が印刷物に近い

1つめのプリントの平面性とは、絵柄がある部分に凹凸がほとんどなくフラットであることを意味しますが、このプリントの特質が絵画など他のメディウムと大きく異なり、むしろ印刷物に近いものであるため「大して違いはない」という印象を与えるのかもしれません。

ただ平面性で言えば版画も同様でしょうから、この解釈は根拠としては少し弱い気がします。

写真は無限に複製できるため固有の価値を認められづらい

2つめの無限に複製できてしまうという特徴についても、やはり版画に同様のことが言えますし、またエディションを限定しても簡単には売れない現状を考慮しますと、この解釈も説得力が乏しいように思えます。

「組写真」重視の傾向から個々の作品は売れない

3つめの組写真重視の傾向は、日本の写真界ではけっこう根強いようです。
美大の課題でもすべて複数作品の提出を求められますし、コンペの多くも同様ですので。

またこの傾向を受けて、日本の写真家の中には、展示を写真集に収められた作品を紹介するための手段、つまり販売促進のためのショールームのようなものと考え、会場で写真集を販売しても展示作品は非売とする作家も少なくありません。

しかしこの傾向は、作品の供給サイドでは根強いものであったとしても、コレクターの方にも同様の価値観が浸透しているとは考えられないため、オリジナルプリントが売れない根拠にはなり得ないように思えます。

誰でも撮れる写真にアートとしての価値はない

最後の根拠は、アーティスト以外の人々によって膨大な数の写真が毎日撮られていることから想定されるものです。
確かに、誰でもシャッターボタンを押すだけで、完成した絵柄を作り出すことができるので、誰でも撮れるものにアートとしての価値はないとの考えが生まれても不思議はありません。

しかしこの考えからすれば、その価値がないものを集めた写真集をお金を出してまで買う人が大勢いることの説明がつかなくなります。

以上のように、思いつく4つの根拠のいずれも決め手に欠くため、著名な写真家の作品さえなかなか売れない日本の実情は、未だに私にとって謎です。

次のページでは、これまで述べてきた作品よりも作品集を買う傾向が、写真のみならずアート全般にまで広まってきていることについて、その要因も含めて考察します。

『ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味』
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