少し前に『美学・芸術学研究』という理論書を紹介しましたが、この本と平行して数日前からジェニファー・ヴァン・シル著『映画表現の教科書』も読み始めています。
当書を購入したのは2年ほど前ですが、購入のきっかけは映画の文法を学ぶことは写真作品の制作にも役立ち、表現の幅を広げられるのではないかと考えたためです。
映画的ストーリーテリングの特徴1~感情に時間の要素が加わった視覚心理
当書は映画的ストーリーテリングと呼ばれる、セリフに頼らないストーリーの伝達手法についての解説書ですが(原題も『Cinematic Storytelling』)、読んでいてデザインや造形の教育課程で学ぶ視覚心理のことが連想されました。
私の理解では、視覚心理とはある事物の色や形などから特定の感情が刺激されるとの仮説ですが、映画的ストーリーテリングでは、感情に加えて時間軸に関する連想も働くことが想定されています。
もっとも造形教育で学ぶ視覚心理にも、例えば不安など時間軸の1つである未来を想起させる要素がないことはないのですが、その不安は得てして漠然としたものです。
対して映画的ストーリーテリングにおいて掻き立てられる不安は、例えば「この先〇〇が待ち受けているに違いない」と言うように具体性を帯びており、またそのような具体的なストーリーを積極的に想起させるような工夫を施します。
映画的ストーリーテリングの特徴2~伝達される情報を積極的にコントロールする
また、この映画的ストーリーテリングにおける伝達される情報のコントロール力の強さも、多様な解釈が推奨される造形芸術と非常に対照的です。
この伝達情報に対するコントロール力の強さは、当書によれば映画というメディアの本質がストーリーであり、映画的ストーリーテリングはそのストーリーを作り出す中心的な役割を担っていると想定されているからではないかと考えられます。
(当書においてセリフは、映画における事物の伝達手段の最下位に位置づけられています)
時間の要素が加わった視覚心理が学べる刺激的な本
以上のように、『映画表現の教科書』で解説されている映画的ストーリーテリングという手法は、写真という時間の連続性を断ち切るような表現手法のメディアに慣れ親しんできた私には物珍しく感じられるものでしたが、それと当時にこれまで意識して来なかった視点を与えてくれる非常に刺激的なものでもありました。
また写真と映像との本質的な違いについても、これまで以上に興味が湧いてきました。
今後は単に映画的ストーリーテリングの知識を蓄えるのではなく、当書で紹介されている100にも及ぶそのテクニックを、時間が許せば習作でもって研究していきたいと考えています。
映画的フォーマリズムの思想が色濃く反映された本
最後に、これは単に著者のジェニファー・ヴァン・シルの信念なのか、それとも映画業界全体における常識なのか定かではありませんが、当書の文章の端々から映画的フォーマリズムの思想が色濃く感じられました。
この点も非常に興味深いので、別に機会に写真や絵画におけるフォーマリズムと共に、まとめて考察したいと考えています。