今回の記事はお勧めのアート本の紹介です。
椹木野衣著『反アート入門』。2010年の発売以来、今も増刷を重ねている本ですので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。
通説とは言い難いゆえの『反アート入門』
『反アート入門』はタイトルに「反」と付けられていますように、ここに書かれている西洋美術史の解釈は、恐らく通説とは言い難いかもしれません。
実際、大学の西洋美術史の教科書や、欧米で西洋美術史のスタンダードの地位を獲得しているゴンブリッチの『美術の物語』とも、解釈の仕方がかなり異なっているように思えます。
初学者にも分かりやすい内容
それでも『反アート入門』をお勧めする理由の1つは、恐らく普段アートにあまり馴染みのない一般の方も対象に書かれているのか、内容が非常に分かりやすいことです。
私が同書を購入したのは京都造形芸術大学に入学する前年の2014年ですから、体系的に美術史を学ぶ前の段階です。
その私ですらスラスラと読めましたので、『反アート入門』は類書と比べてかなり平易な部類に入るのではないかと思います。
(この点は『美術の物語』も同様です)
芸術様式の変遷を個人の欲望と結びつけて解釈するユニークな近現代芸術史
『反アート入門』をお勧めするもう1つの理由は、解釈の仕方のユニークさです。
多くの西洋美術史の解説書では、各時代の芸術様式を時代背景(社会的背景)と結びつけて解説(解釈)するのが通例です。
ところが『反アート入門』では、その時代に生きていた人々の心理がよく登場します。
※この点は『美術の物語』にもある程度は言えます。
例えば「第一の門」の前半部分では、近代からフォーマリズムへと至るような抽象絵画の歴史が概観されていますが、その要因を著者の椹木氏は、前の時代とは異なる自分たちに固有のアイデンティティを求める市民の欲望と解釈しています。
つまり人々の固有のアイデンティティを貪欲に追い求める心理が絵画に投影され、絵画にしかできない表現へと促されていったという解釈です。
個人的には、まだ現代人ほど自己愛的ではないはずの人々がなぜそこまでユニークさにこだわるのか不思議に思いましたが、それでも中世までは絶大な影響力を有していたキリスト教の権威が失墜したことで私という「個」の感覚が明確化し、やがてエゴが生まれ肥大していく過程を絵画の様式に紐付ける解釈は、とても腑に落ちました。
社会とは個人の心理の集合和
社会の先には必ず人間がいます。そして人間とは心を持った存在です。
したがって社会とは、個々人の心の集合和として形成されるものと考えられます。
椹木氏の『反アート入門』は、その論理の好き好きはあったとしても、社会を形作る個人の心理にまで洞察を巡らし、それを芸術作品や様式と結びつけて解釈しているため、それらが人間の営みから生まれてくるものであることを改めて思い出させてくれます。
注)ただし『反アート入門』では中世以前の西洋美術史はほとんどカバーされていませんので、その点はご注意ください。