要約:森美術館「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」に展示されたエレン・アルトフェストの絵画作品からは、描く対象に没入するあまり他の事柄が完全に忘れ去られ、その結果、構図・対象の物質性への意識、対象と背景との境界などが消滅し、すべてが等価の世界が生み出されているように思えた。
エレン・アルトフェストの絵画作品の特徴
森美術館「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」の感想記事。
ヴォルフガング・ライプに続いて紹介するのは、アメリカの画家エレン・アルトフェスト(Ellen Altfest)。今回の展示で初めて知った画家である。
「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」の展示カタログによれば、アルトフェストは「植物や人物をモチーフとする写実的な絵画」を制作する画家として知られる。
またその作風の特徴は、対象の全体像を捉え難くするほど部分を切り取ってしまう構図と、細密画に分類されるような緻密な描写である。
ただ前者のトリミングがあまりにも極端であるため、具象表現でありながらも鑑賞者をリアリティとは別の次元へと誘う抽象性を備えているとされる。
以上が展示カタログにも記載されたアルトフェストの一般的な評価と考えられるが、私はこれらの特徴に加えて別の印象も感じた。今回はその点を述べる。
対象への没入性〜フロー状態
同じく展示カタログによれば、アルトフェストは「実物を観察して描くことは、写真などで切り取られた一瞬ではなく、その対象と向き合い、(自身と世界の両方が)共存した時間を描こうとしている」と述べている。
こうした情報を元に上の作品などを見ると、遠近法などまるで無視し、かつ無数の対象が緻密に描かれたその様からは、アルトフェストが対象を凝視するあまり、心理学者のM. チクセントミハイが「フロー」と述べた、その他のことを完全に忘れてしまうほどの没入状態で描かれているではないかとさえ思えてくる。
完全に忘れ去られた構図への意識
そしてその対象への極度の没入状態から生み出されるアルトフェストの絵画作品からは、作家の美意識の現れの一つと考えられる構図というものがほとんど感じられなくなっている。
この点はアルトフェストの別の作品と、例えば17世紀のオランダ人画家フロリス・ファン・ダイクの静物画とを比較すると顕著に感じられる。
参考文献
M. チクセントミハイ著『フロー体験 喜びの現象学』、世界思想社、1996年
次のページではアルトフェストの絵画作品から感じられた、さらなる特徴について述べる。
- 1
- 2